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礼拝メッセージ
2008年2月17日
「風は思いのままに吹く」
ヨハネの福音書 3章1-10節
レントの第2週に入りました。先週はレントの間に神様との時間を取ることを考えました。この1週間はいかがでしたでしょうか。
ヨハネの福音書3章
新約聖書ではパリサイ人といえば、イエスを迫害する悪役になっていますが、実際には彼らの多くは本当にまじめな人たちで、神様を求める人たちだったはずです。中には、イエスの教えを聞き、その正しさを認めていた人たちがいたはずです。ニコデモはそんな人でした。
論理的というか、目に見えるものしか認められない人
私達の多くが神様との関係で失敗してしまうことは、神様は目に見える方ではないので、神様の存在に気がつかないことが多いことです。風は目に見えません。しかし、風の結果を見ることができます。私達は神様を見ることはできなくても、神様が働いた結果をそれぞれの人生に、あるいは社会に見ることができます。神様の約束の正しさが分かるようになるのです。
風は思いのままに吹く
風は一定の法則のもと、思いのままに吹きます。聖霊の働きはそのことにたとえられました。その法則の一つが、高気圧から低気圧に吹くことです。私達が神様の前に自分を低くすることが求められています。自分を低くするとは、神様の前にいるありのままの自分を認めることから始まると思います。人は誰でも、神様の前に立たされた時、自分の正しさだけを主張することはできないはずです。
永遠の命
永遠というのは、時間の概念がなくなることと説明されることがあります。私達は過去と未来という時間の概念を持っていますが、永遠というのは、未来がずっと続くものというより、未来という概念ではなく、全ての存在の基となる方と、共に存在することと説明されることがあります。人間の頭ではきっと想像しきれないものだと思うのですが、イエスが永遠の命について説明した文は、「神様と知ること」ということでした。(ヨハネ17章3節)
今週の目標
- 私を愛する神様の前に私はどんな存在なのかを黙想する。
- 具体的に「神様あなたは私を愛しています。神様あなたは、命をかけたほど私を愛しています。」と祈る。その後、「神様私はあなたの前にどのような存在でしょうか」と聞く。
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