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礼拝メッセージ
2005年5月1日
「愛があるから教えに従う」
ヨハネの福音書 14章15-24節
私を愛するなら、私の戒め、私の言葉を守る
私達はイエス様が神様から与えられた救い主だと言う事を理解するだけでは不充分です。神様を愛する者にならなくてはいけません。それはまず神様に愛されていることを知り、その愛に応えることです。愛することによって、私達は神様の教えを守るようになります。神様の愛が語られない信仰、私達からの愛が語られない信仰に気をつけよう。私達は神様と愛によってつながっています。命をかけられた愛に応えて、私達も全てを捧げる愛を持ちます。
ちなみに、神様の教えを守ることは苦痛ではない
神様が私達を創ったのです。そしてその方が私達が幸せになるようにと、教えを与えました。ですからその教えを守ることは、苦痛な部分がありますが、私達を本来持つべき幸せな人生へと導きます。イエス様はいいました、「私のくびきは負いやすく、私の荷は軽い」。こうも言いました「私は道であり、真理であり、命なのです」。
聖霊なる神様が私達と共にいる
ここでは、イエス様は聖霊を「助け主」と呼びました。私達がこの地上で神様の教えを守るというのは、大変なことです。だから助け主が必要になります。
守るべき神様の教えとは何か。今日は私なりに神様の教えをまとめてみました。
愛し赦してくれる神様がいることを信じ続けて、信頼し続けること。
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神様の愛を受けて、私達も神様を愛し、人を愛する。
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弱い立場の人も、強い立場の人も、自分のできることをもって同じように助ける。
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人の気持ちを理解するように努力して助ける。
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時間、労力、財産の中から神様に捧げる。(金銭、私利私欲に振り回されない。)
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家族を始めとして、人を大事にする。(父母を敬う。子供を怒らせない。夫は妻は命をかけて愛し、妻は夫に従う。夫婦間以外の性関係を持たない。)
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自分のいるコミュニティーを大切にして、キリストを伝える。 ( 言葉と行動によって。 )
守らなければいけないではなくて、愛するから守るもの。その力も神様が聖霊を通して私達に与えてくれます。神様はイエス様を通して私達に喜びを与え続けてくれます。今度は私達が神様を喜ばせてみましょう。
考えてみよう
しなければならないという義務と、神様への愛のゆえに自発的に行なうことの違いは。
神様の教えについて、自分は改めてここの部分を守りたいと思うものはなかったか。
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