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礼拝メッセージ
2005年3月6日
「主の光を輝かせる」
エペソ人への手紙 5章8-14節
イエス様はご自分のことを「世の光」と言いました。イエス様を救い主として信じるものは、このイエス様の光を共に世に輝かす者になりましょうと教えています。イエス様の光を私達を通して輝かすとは、キリストのように生きなさいということでしょう。そこで、今日は「きよめ」と呼ばれるものについて学びたいと思います。
「きよめ」とは「人間の罪の性質から離れていき、神様のきよさを受け継ぐ者に変えられていき、キリストのようなきよさを受け継ぐ」ことです。
「きよめ」がどんなものなのか、「なになにではない」という言い方で説明
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完全に神様のきよい性質を受け継いだ、罪のない人間になるわけではない。
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みんなが同じ行動をとり、同じことを考えるようになるわけではない。
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何かの一回の体験で、きよくなるわけではない。 ( 成長するもの )
クリスチャンになると神様の力によって、すぐに完全に変えられるわけではなく、日々の神様との関係、良いことを行おうと努めることによって変えられていく。
きよめられた者はどのような性質を持つか
ガラテヤ 5 章 22 節に書いてある性質。神様を第一にするようになる。家族を含めて、隣人を大切にするようになる。神様の素晴らしさを伝える者になれる。これは言葉によってだけではなく、行動や人格によって伝える者になれる。
聖書ではきよめについてどのように語っているか
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イエス様の十字架との関係。 ( ローマ6章6節、ガラテヤ5章24節 )
人が悔い改めて、イエス様を救い主として受け入れるということは、イエス様の十字架での死が私の罪のためだと認めて、罪から離れようと決意することです。
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聖霊によって歩む。 ( ローマ8章、ガラテヤ5章25節)
私たちは自分の力だけで行うのではなく、私たちが自分を神様に捧げた時に、聖霊なる神様は私たちと共に戦ってくださり、罪から離れられるように導いてくださる。
具体的に私たちはどのような罪から離れていくべきか
参考として、今日の続きガラテヤ5章15節から6章9節まで読んでみましょう。
一言で言うならば、「自分よりも神様を愛し、隣人を愛する」ことです。
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