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礼拝メッセージ
2006年10月1日

「どうしても手に入れて欲しい命」
マルコの福音書 9章38〜50節

「神は愛です」という言葉を聞くと、時々神様はなんでも許してくれる、ひたすらわがままを聞いてくれる方と勘違いしてしまうことがあります。実際には私達の社会でも愛情のある親が、子供を厳しく育てることもよくあることで、愛と呼ばれるものは、甘やかすこと、なんでも許すことではないことを、多くの人は体験的に知っていると思います。聖書の中には神様の愛の故に出てくる厳しい言葉もあります。

自分達の仲間以外の弟子(38〜40節)
先週の聖書箇所の続きです。自分たちが特別だということを確認したかったのでしょうか、自分たちの仲間ではないものがイエスのみ名を用いていたことをやめるように言ったと伝えました。イエスは弟子として従って来てはいなくても、イエスに反対していないのだから、広くみたら仲間だと言いました。弟子達の自分達は特別だという言う思いを打ち砕く発言でした。自分たちが特別だから、他の人を排除していこうとする思いが間違えていることを教えました。

小さなことにも報いがあるが、逆につまずきを与えるものは不幸だ(41〜42節)
弟子達をキリストの弟子だからという理由で助ける者は、その報いとして何を受けるかは書かれていませんが、祝福を受けるが、逆にキリストを信じようとする者をつまずかせる人は、どのような罰を受けるかは書かれていませんが、死んでいた方がましだと言うことは、不幸だということになります。

内側からのつまずきとゲヘナ(43〜48節)
自分自身からでてくることで、神の民にふさわしくない行動をとらないように、警告を与えています。ゲヘナとは、「火の地獄」とでも言える場所で、裁きを受けて赦しが与えられなかった者が滅ぼされる所です。実際には目をえぐりだしたり、足を切り落とすことを神様が望んでいるとは思えないので、それほどに死後に迎える裁きの時に注意して、神の民にふさわしい行動をとることを促していると思います。

弟子は火(苦難、試練、訓練など)をくぐり抜け、塩(神様を現わす者)になる(49〜50節)
当時、塩は味付けだけではなく、防腐としても、消毒としても使われていました。この地上でのねたみへの誘惑や、自己中心的な欲への誘惑、あるいは迫害など火を通して、キリストの弟子達は世の塩になっていくことを伝え、火を通り抜ける覚悟を持つことと、塩となることを意識するように教えました。

今日は二つのテーマがありました。一つ目は少しでも多くの人をキリストの弟子とするために、排他的にならないことです。もう一つは、弟子がこの地で塩のような存在になることができるという約束と、そのためにはそれぞれの強い自覚、努力が必要ということです。

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